津田 弘臣

福井県在住。越前海岸を中心に日々大型メバルを追い求める。

ブログ : 星空☆Casting



《 タイミング 》


11月28日 22:00

 海には前日の北風による2mほどのうねりが残る。風は今日は南に向きを変えシャローから沖へと強風と言ってよい強さで吹き続けている。波と風とが逆方向になり、押し寄せるうねりが風をまともに受けてシャローを前にして高く立ち上がり、戸惑うように留まり、崩れていく。波頭は風で吹き飛ばされて霧に なり泡になり、見渡す限りの海に幾重にも白い筋を作った。
 空は晴れてクリアな星空であり、おまけに満月である。すでに天頂高く昇った月がその海を煌々と照らし出していた。月明かりで照らされる風景に色彩はなく、何か古い8mmフィルムを見ているようだなと思う。

 美しい光景ではあるがメバル釣りの状況としてはあまり良くない。最も困るのは月明かりである。月夜のメバルはストラクチャーのシェードに入ってしまい明るく照らされた開けた水域には出てこない。月に角度があればシェードが長く延びて潜む範囲を広くしてくれるが、シーリングライトのように天頂から照らすこのタイミングではそれが最小になってしまう。メバルはストラクチャーにタイトに着いている。いや、タイトどころではない。タイトをゼロとすれば今はむしろマイナスである。岩のえぐれやテトラの中や藻穴の奥に入ってしまうのである。リグをそこに届ける事はできない。

 それにこの風である。ストラクチャーをタイトに狙う精度が出せない。あるポイント。テトラ帯のショア側から横風方向にキャストしてテトラぎりぎりを狙おうと試みるが風を孕んだラインがテトラに掛かりフロートリグを2つなくした。攻めようがない。
 風はメバルにおいて重要なファクターのひとつである。魚を浮かせ地合いを生み出すものなのである。しかしそれは穏やかな日に急に吹いてきた風であってこそであり、今日のように「吹き続ける風は」地合いを生まない。取り柄のない日だなと、溜め息をつきながらあるポイントに入る。


 自然の地形を利用した漁港。大規模なワンドであり周囲を岩礁帯が取り囲む。ワンドの最奥に船揚げのスロープが造られており、そのスロープから50mほどの距離にちょうど良い足場となる大きな岩が2つ並ぶ。その岩からさらに沖に向けてテトラ帯が続きその先にある岩礁帯に繋がっている。水深は2mほど。基本的に藻場。11月後半のシャローを好むメバルには実績の高いポイントである。

 2つ並ぶ岩のテトラ寄りのひとつに立つ。足場からまっすぐ沖にキャストすれば追い風である。しかし撃ちたいのは左手に長く延びるテトラ帯の外側である。そこを平行に引きたいのであるが完全な横風方向でありテトラギリギリに打ち込んでも風にあおられたラインがリグをそこから遠く離してしまう。
 仕方なく、ジグヘッド2gを追い風方向にキャストしボトム付近のウィードを執拗に攻め続けるがあたりはない。このエリアには魚はいる。それには確信がある。しかし月明かりから逃れて藻の中から出てこない。

 打てる手は何もなかった。月はますます高く昇り明るさを増している。風も止む気配がない。月が雲に隠れるか、風が止むか、どちらかだけでも変わってくれればまだやれる事はあるのだがそれは想像しにくかった。「日が悪かったな…」あきらめかけてリグを手に取る。


 しかしそこで状況は思わぬ方向に変わる。風が、止むのではなく更に強く吹き始めたのである。それはもう強風というより烈風だった。空気のかたまりが背中をドンッと押す。踏ん張らなければ立っていられず思わずしゃがみ込んだ。海面は細かいさざ波でささくれ立ってそれぞれの小さな波頭が吹き飛ばされる。それが泡になり海面を覆い始めた。状況が変わる。あまりありがたい変わり方ではないが待ち望んだ変化には違いなかった。
 「これで、あるいは浮くか…」
 しゃがんだまま追い風方向にジグヘッドをキャストし水面をリトリーブするがロッドが風に叩かれてあたりを取るどころではない。あたりが分からなければジグヘッドでは掛けられない。

 ルアーをJADEに換えた。浮いた魚に口を使わせる能力が極めて高い。あたりがとれずあわせが遅れても関係なく絡めとるように魚を掛けてくれる。2.2gの軽いウェイトを追い風に乗せてロングキャスト。ロッドを立てると風にあおられるので(それほど強い風である)ラインに対してまっすぐな角度でリトリーブした。
 その巻き始め。ずいぶん沖。ラインにツンとあたりが出る。
 「!。浮いた!」
 スウィープにあわせを入れる。ゴンゴンゴンと感触が来る。サイズ的には全くないが、魚が浮いてくれた事に感激しながらランディングする。サイズに関係なく嬉しい魚というのがいるがこれがまさにそれだった。


 その後同じラインで5連発。サイズはどれも20〜22cmであるが明らかに風による地合い性の魚である。連発の中で欲が出る。もう少しサイズが欲しくなる。このポイントではそれができるのはやはりテトラ周辺だった。ちょうどその沖10mにはさざ波の泡が集まった潮目もできている。狙い所はそこである。しかし強烈な横風方向でもある。飛距離は20m程必要だった。横風をついてJADEで狙える距離ではない。この状況でそれができるリグを考える。ジグヘッドやシンキングペンシルでは風にラインが引っ張られ浮きリグになってしまう。

 「これで…いけるか…」
 AKM48をスナップに掛ける。たらしを短くし、テトラ際めがけてライナーで撃ち込んだ。48mmの体に4.1gの高比重。風に負ける事なく思い通りにポイントに入ってくれた。しかしラインは風にあおられる。盛大に風を孕み飛距離と同じ分だけ風下に膨んで半円を描いた。その風を使う。風に逆らわず、ロッドを高く掲げてラインを風に乗せた。ルアーはテトラから離れ沖に流される。リールは膨らんだ分のラインを回収するためだけに使う。リトリーブを行っているのは風である。風に流されながらもルアーは水面下でレンジをキープしている。沖の潮目に近付いた。と、そこで、ドンッ!と感触が伝わる。大きくスウィープに巻きあわせを入れた。

 「ゴンゴンゴン!」
 重い首振りの感触が伝わる。思い通りの展開に痺れる。
 27.5cm。
 次の一投でもズンッ!。
 26.5cm。


 そこで風が元の強風に戻る。海面が落ち着きあたりが消えた。ほんの10数分。状況の良くないこの日の、そのわずかな「タイミング」をしっかり捕らえた感触があった。満ち足りてポイントを後にする。


 帰宅の途の長いドライブの最中、ふと風景が変わった事に気付く。車を止め外に出て空を見上げると、いつの間にか月に雲がかかり、空全体が間接照明のような穏やかな光度に変わっていた。これもタイミングである。雲は長くは続かず、月が隠れる時間は短そうだった。
 「これは…帰れんな…」
 手近なポイントに入る。小規模な海水浴場。ぐるりとテトラに囲まれ10mほどの開口部があり、そこから弱い波が内側に流れ込んでいる。流れ込む波と開口部の影が水のよれを作り出す。そのピンポイントを撃てる位置の高いテトラに上がった。足場は4mほどありハードルアーは引きにくい。フロートリグを選んだ。

 小さなスーパーボールを使ったリグ。一般的なフロートリグよりも引き心地が軽く、しかも軽いリグを遠くに飛ばす事ができる。ジグヘッドは0.9g。ワームはAjiymを選んだ。開口部の沖は一気に深くなり、波によって流れ込んでくるのは流下ベイトを濃く含む海水の上層部だけである。それをイメージする。流れにリグを乗せて開口部影の水のよれに流し込んだ。
 ドンッ!
 弱いあたりを想像して集中していたが思いのほか強いあたりが出た。リグが合っている。タイミングも合っている。なかなかのファイト。スポーニングにはまだしばらくあるこの時期の荒食いのメバルはよく走る。慎重に高い足場を抜き上げる。
 26.5cm。

 次のキャスト。またドンっと強いあたり。更にパワーを増したファイトを楽しむ。
 27.5cm。


 はまった感触が来る。キャストして、着水し、リグを流れに乗せ、よれに流し込み、一瞬待ってリトリーブを始めるとドンッ!。その一連の流れに美しいリズムがあった。その美しさに浸り込む。メバルという魚の素晴らしさに感じ入る。

 その後23〜25cmが続き、ある一投。リグが水のよれを離れて波が横切るエリアに入った。ちょうど強い波が流れ込んできたタイミング。リグが波下に流されティップに重い負荷が掛かった。その瞬間、ひったくられるようなあたり。あたりの段階ですでに魚は突っ走っていて固く締めたドラグがチリリリリと出された。強い魚である。眼下4mの海中を縦横に走り回る。
 「堪らんなぁ…」
そのファイトを味わい尽くし、ようやく水面に浮かんだ魚をゆっくりと抜き上げた。
 28.5cm。
 手の中の魚体はまるで檸檬のようである。「充実した塊」なのである。僕はこの魚がほんとに好きなんだなと、つくずく思う。


 雲が切れてまた明るい月が顔を出した。全く正直に、律儀に、そのタイミングでぱったりとあたりが途絶えた。自然の一瞬の変化。メバルはその変化に素直に反応する。「タイミング」を強く持つ魚である。魚が感じているそのタイミングを、人間である自分も感じる事。自然と一体になる事。メバル釣りの肝はそこにある。

 それができたと感じられるのはほんの時たまであるが、この日はそれができた日だった。僕が本当に求めているのはこれなのだと深く実感する。サイズは本当に求めているものではなかったのであるが、そういう問題では、ないのである。



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